トロントであえて、図書館に行く理由

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トロントのダウンタウンのほぼ中心。開放的な複合キャンパスで有名なトロント大学があります。大学といっても、訪れてみるとここは一つの街。周辺には研究施設やら先端技術の開発拠点などが集まっています。そんな学術の街をストリートひとつ隔てた南側に、リリアン・スミス(Lilian H. Smith)という名の図書館があるのをご存知でしょうか?

場所はここです。

地下鉄だと、カレッジ駅あるいはクイーンズパーク駅から西行きのストリートカーに乗り、スパダイナの交差点で下車。1ブロックほど戻る感じになります。オンタリオ州議事堂のあるQueen’s Park駅で降りて西へ歩けば、カナダの大学生気分になれるという利点がありますが、お天気が良ければお散歩気分で大学を寄り道しても楽しいですよね。 

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これが入り口。なかなか威風堂々です。

図書館の名前の由来

図書館の名前になっている「リリアン・スミス」には、あるストーリーがあります。彼女は、19世紀末から20世紀中頃にトロントの児童書を中心とした活動で目覚ましい功績を残した、トロント史にとって重要な人物です。

リリアンは1887年、杜の都オンタリオ州ロンドンに生まれます。当時のトロントは市として誕生したばかりで、多くの分野で専門家を必要としていました。そんな折、彼女は児童書専門の図書館司書として英連邦では初めて専門的な教育を受け、ニューヨーク州公共図書館で1年間の勤務を経験し将来を嘱望される存在となっていました。

彼女が25歳の時、トロント公共図書館の責任者であったGeorge Lockeは、需要が増え続けていた児童向けサービスに頭を悩ませていました。児童教育は市民サービスの重要な一つで、市内の人口が急増するにつれ、図書館の働きの中でも児童書を含むサービスの充実が強く望まれていました。

そこに登場したのが、若く志に満たされ、しっかりとした教育を受けていたリリアンでした。彼はリリアンの存在を知ると、トロント公共図書館の児童向けサービスの責任者に抜擢します。

着任後、彼女が取り掛かったのは、以下のの3つを柱とした活動でした。

1)コレクションの充実
2)スタッフの訓練
3)子供向けプログラムの拡大

彼女のライフワークとなったこれらの活動は着実な成果を上げ、トロントにおける児童向けのサービスは格段に向上します。特に彼女の信念である児童書に関わる図書館司書として大切にしていた「the right book, to the right child, at the right time(正しい書物を、子供に対して適切に、そして正しい時期に)」提供するというモットーは、今もこの図書館で大切なこととして受け継がれています。

オズボーンコレクションとは?

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中に入ってみると、児童書を中心に様々な本が綺麗に並んでいます。言ってみれば、どこにでもある図書館の風景です。これだけを見ると、何でここがオススメなのかな? と思われるでしょうね。

確かに、トロントにはたくさんの公共図書館があります。でもここが群を抜いてオススメなのは、4階にあるオズボーン・コレクション。正式には「Osborn Collection of Early Children’s Books」と呼ばれるもので、現在では以下の3つに分類されています。

1)Osborne Collection
2)Lillian H. Smith Collection
3)Canadiana Collection

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コレクション誕生の由来は、こうです。

イギリスの図書館司書であったエドガー・オズボーン(Edgar Osborne)がトロントを訪れた時のこと。リリアンが行っていたプログラムの素晴らしさに共鳴すると、1949年に彼が個人的に所有していた2,000冊の稀有な児童書の寄付を行います。これが、後に膨大な数にのぼるコレクションの発端。現在80,000冊とさらに充実し続けるリストの中には、普段はめったに見ることができない希少本も多く、児童書のコレクションとしてはたいへんユニークなものになっています。

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コレクションルームへのアクセスは、まず正面すぐ右手、館内のフロアについての簡単な説明ボードを見つけます。この手前のエレベーターで4階に向かいます。

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建物の外観は威風堂々ですが、中央が吹き抜けになっていて、なかなかモダンな構造になっています。階段で4階に向かうと、各階の様子がわかって楽しいですよ。

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4階コレクション・ルームの入り口に到着です。木の枠になっているところが、それです。

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3つのコレクションの名前が刻まれています。

コレクションルームに入ってみる

コレクション・ルームに入ってみましょう。

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ガラスのドアの向こうには、受付があります。フロアは展示ケースに入っているものを見ることができる一般閲覧室と、リーディングルームの2つに分かれています。

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一般閲覧室の全景。入り口すぐ左手に展示ケースがあり、正面には受付とロッカー、右手にも展示が行われています。ここは常設展示スペースで、適宜テーマに沿った展示が行われています。お子さん連れでも気にせず、ベビーカーと一緒に入ってきても構わないということでした。テーブルと椅子が2箇所ありましたので、書棚から絵本などを手に取ってゆっくり読むことができます。

展示についてわからないことがある場合は、受付で尋ねると丁寧に教えてくれますので、ぜひ声をかけてみてはいかがでしょう。ここには3名の司書の方がおられますが、どなたもとても優しい方ばかりで、英語が上手ではなくても、分かりやすい英語で丁寧に説明をしてくれます。

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ガラスケースの中には展示本が飾られてあり、番号が振ってありますが、その説明はケースの上の方に貼り付けられています。一つ一つ見て行くと、なかなか楽しいものがあります。

ここだけでも充分たのしめるわけですが、コレクションの展示としては普通ですよね。どこがオススメなの? と思われるでしょう。その秘密は、オズボーンがコレクションを寄贈した時のストーリーに遡ります。それがこのコレクションを、とてもユニークなものにしていて、ぜひ訪れていただきたいとオススメする、最大の理由になっています。

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オズボーンは「児童書は読まれてこそ」というモットーを強く信じていました。どんなに貴重な本であっても「手で触れ、読むことができるようにすること」こそ児童書の本来の姿と信じていました。

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普通、世界に類を見ないような希少本は図書館の書庫の奥、あるいはガラスケースの中に陳列して外から見るものです。確かに、保存の観点からはこれが正解です。ここでも、きちんとした設備で本は管理されています。しかし違うのは、リーディングルームでの独自の展示方法。所蔵されているものはすべて、どんな貴重な本でも手に取り触れることができる。そのために、訓練を受けた司書の方が、読書のリクエストに応えて、注意深く書庫から本を取り出し、終わったら元に戻すという作業をすることにより、本が受けるダメージを最小限に止める配慮が行われている、ということなのです。

トロントに来たらこの図書館を訪れてみては? とオススメする理由は、こうした司書の方々のお手伝いをいただいて「本を手に取って読む体験ができる」ことにあります。

中には世界に数冊しかない、と言われるような希少本が多数あるコレクションを、本当に手に持てるの? と、ちょっと驚きますが、本当の話です。

特別な体験をしてみよう

この体験は、正面左手にあるリーディングルームに入室して行うことになります。

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ガラス扉の向こう側に見えるのが、それ。

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この部屋に入るためには、いくつか約束ごとがあります。

1)飲食物を持ち込むことはできません
2)撮影はできますが、フラッシュをたくことはできません
3)身の回りのものは、ロッカーに預けていただきます
4)本を手にとって読むことはできますが、貸し出しはできません
5)入館記録を作るため、身分証明書(パスポートなど名前がわかるもの)を見せていただくことがあります
6)携帯電話を持ち込むことはできません
7)希少本などを手にする時には、十分気をつけてください

一般閲覧室の出入りは自由ですが、リーディングルームに入る場合は、正面受付で名前を言い、念のため身分証明書を提示します。その後、バッグ、ポーチ、コート、携帯電話などはすべて受付横のロッカーに入れることになります。

さて、中に入ってみましょう。

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オズボーン・リーディングルームと書いてあるドアを開けて中に入ります。

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これが全景。

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コレクションの創設者、オズボーン氏の肖像画が、正面に飾られています。

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この日は、司書の方にお願いして、オズボーン・コレクションの中でも代表的本の数々をお見せいただくことに。あらかじめ連絡しておいたので、テーブルにテーマごとに並べて待っていてくださいました。これは今回特別に、ということではなく「普段からこのようにしています」とのこと。

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1冊ずつ、本の由来や歴史的価値などについて、司書の方から丁寧な説明を受けます。そしていよいよ「どうぞ、手に取ってみてください」と促されます。

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実際に手に取り、慎重にページをめくりながら司書の方から説明される本の由来を聞くと、今までにない新しい体験をすることができる、ということを実感します。

オズボーンコレクションでは、とにかく気軽に訪れて欲しい、と願っています。といっても、さてどうしようか? と迷いますよね。そこで司書の方に充実した時間を過ごすためにオススメを伺うと、以下のようなお答えをいただきました。

1)特に本に詳しい必要はありません
2)本のテーマや題名、あるいは時代、装丁など何か興味のあるテーマがあれば、教えて下さい。適切な本を15分くらいでお探しできます
3)専門的な研究で来られる場合は、数日前にメールなどでご連絡いただければ、あらかじめ用意してお待ちします
4)時間には余裕をもってお越しください
5)利用は無料ですが、寄付を考えておられる場合は、受付で販売しているカードやグッズを購入いただくか、現金での寄付も受け付けています(レシート発行)

当日は、事前に見せていただきたい本がありましたので、このようにテーブルに用意していただき、順番に説明を聞くことができました。事前に連絡をすると、こうして用意していただけるとのこと。「この方が、時間を効率的に使うことができます」と、お勧めのようでした。

「それほどかっちりと決まってなくても、大丈夫ですよ」

いろいろと会話をしているうちに「あ、こんな本があります」「こういった本はありますか?」というテーマが深まってくることもあるので、司書の方々との会話を通してカナダの図書館文化に触れることにも、この場所を訪れる価値はあるでしょう。

オズボーン・コレクションには、友の会(Friends of the Osborne Collection of Early Children’s Book)というウエブサイトがあり、常設展示のスケジュールやイベントなどの情報が随時アップデートされていて、コレクションの活動がよくわかるようになっています。
http://osbornecollection.ca/

また、ここでは「Osborne Collection-Curator’s Choice」と題して、毎週土曜日午前11時から30分間毎回トピックを選び、関連する本の「Show & Tell(見せながら順次解説をするスタイル)」がおこなわれます。

例えば4月は、
3日 ガリバー旅行記
9日 さまざまな犬の絵本
16日 シンデレラ
23日 児童書の中の地図

取材日直近の週末はちょうど「ガリバー旅行記のShow&Tell」。お招きいただいたので、参加してみました。

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英語が心配でしたが、「こんなにたくさんガリバー旅行記があるんだ」とため息がでるほど。

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参加者は8名ほど。アットホームな感じで、あらかじめコレクションの中から選ばれている18世紀から現代までの様々な本の解説が行われます。我々日本人はどうしても「完璧に理解しないと・・・」と考えてしまいますよね。でも、参加者の多くは、珍しい本を見てみてみたいという程度のことですから、本を眺めているだけでも全然成立しているのです。気になることがあったら、気軽に尋ねることもできます。

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これなどは19世紀のブックレット。まだカラー印刷の技術がなかった時代に、出版社が絵描きを雇って色付けをしてカラーの挿絵がある本として売り出しました。このようなカラー本は売れ行きが良かったのですが、仕上がりにばらつきがあるのが難点。これなどはとても綺麗に仕上がっています。

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ガリバーと言ったら、やっぱりこのシーンですよね。

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印刷技術が発達すると、こんな珍しいものも出版されました。

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ミニチュア本と、

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大判のセット。中身はまったく同じだそうです。

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かなり豪華です。

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ちなみに、この古めかしい本が、コレクションにあるガリバー本のなかでもっとも古いものだそうです。

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タイトルページ。

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M,DCC,XXVIとは1726年のこと。今から300年ほど前に出版された希少本を、つぶさに見ることができます。

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これは現代のポップアップ本。幅広いコレクションをテーマごとに網羅できるShow & Tellイベントは、2016年は6月25日まで開催中。興味のあるテーマがあったら、訪れてみる価値はありそうです。

http://www.torontopubliclibrary.ca/detail.jsp?Em=1&Entt=RDMEVT16373&R=EVT16373

問い合わせにも対応していただけるようです

なお、訪れる前に何か連絡したい場合は、下記のページを参照してください。見たい本についての問い合わせなど、コレクションを訪れる前に連絡をいただく場合、Eメールでも対応していただけるとのこと。その場合は、Leslie MaGrath室長のメールアドレスにお送りください(日本語可)。内容によっては調べるのに時間が必要な場合があるようですが、必ず返信をしますという事ですので、興味のある方はまずはメールで問い合わせてみることをお勧めします。
http://osbornecollection.ca/collections/osborne/

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また、トロント公共図書館のウエブサイトでは、図書検索が充実しています。ページの検索ボックスにキーワードを入れると、瞬時に結果が表示されるので、試してみてはいかがでしょう? ちなみに、「Osborne」と入れると、「194,145 results for osborne」という検索結果が返ってきます。検索条件を狭めて行くと、どんどんリストの数が減っていくのがわかります。

たくさんの本の中から自分の眼の前に選ばれてくる本を探すことも、もしかしたら人生の新しいページを開く旅になるかもしれませんね。それが海外旅行だったら、さらに思い出が増し加わるはずです。

Lillian H. Smith図書館の開館時間は以下のとおり

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http://www.torontopubliclibrary.ca/detail.jsp?R=LIB011

4階のオズボーンコレクションは、図書館全体と開館時間が違いますので、事前に確認してください。ここでは本の出し入れがありますから、時間には余裕を持っておでかけください。

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http://www.torontopubliclibrary.ca/osborne/location-hours.jsp

最後に、こんなにいろいろしてもらってすべてタダなの? と思われる方も多いはず。せっかくなので何かお礼がしたい、という場合、オリジナルのカードやグッズが販売されていますので、それらを買い求めるのも一つの案です。司書の方にその辺のことをお伺いすると、

「コレクションの存在は、もちろん希少本の保護管理にあるわけですが、オズボーンの場合皆さんに手に取っていただくということが最大の理由。できるだけ多くの方々に、ここにこういったユニークな場所があることを知っていただき、ぜひ訪れていただきたいのです」

希少本のスペシャリストと 語らいながら、本の森を散歩してみる。そんな贅沢な時間を過ごしに、訪れてみてはいかがでしょう?